高崎商科大学 高崎商科大学短期大学部

Takasaki University of Commerce

短期大学部

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ロングキャリア教育

最近では結婚をしてからも働き続けたいという女性が増加しており、専業主婦志向の2倍になりました。
その為、結婚をするまでのキャリアだけでなく、結婚後のキャリアも考えた教育が重要視されています。
本学では女性の社会での活躍を後押しできるよう、ロングキャリア教育に力を入れています。

Long Creer Interview

実学教育・人間教育を教育理念に掲げる本学は、これまでにも長いキャリアを重ねる実務家を輩出してきました。それぞれの年齢、キャリア、価値観のもと、それぞれに異なったロングキャリアをきずく卒業生たちを紹介します。

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株式会社スタジオアリス 内定

大島 葵さん 現代ビジネス学科 2年

ブライダルを実践的に学び
ドレスと接客に関わる職場へ

人と話すことが好きな性格で、将来は接客の仕事がしたいと思っていました。高校時代に出席した親戚の結婚披露宴がきっかけでドレス業界への関心が高まり、ブライダルを実践的に学べる高崎商科大学短期大学部へ。授業で行われた模擬結婚式ではプランナー役を務めました。ドアの開閉など秒単位のタイミングで指示を出し、式のスムーズな進行を裏で支える大役です。プレッシャーもあって大変でしたが達成感も大きく、チームワークの重要性を体感できました。就職先として内定しているスタジオアリスは、子ども向けのドレスもたくさんあるため、働くのを楽しみにしています。

母や姉の働く姿を見て育ち、
長く働ける環境を重視しました

就職先には東京のドレスショップを選ぶことも可能でした。しかし内定先の会社を選んだのは、地元で働けることや女性が働きやすい制度など、環境面で魅力がそろっていたため。私には保育士として今も現役で活躍している母親や、旅行会社で伸び伸びと働いている姉がいます。彼女たちの背中を見て育ったことで、いつしか自分もできるだけ長く働き続けたいと考えるようになりました。そのため、職場環境の良さを重視したことは自然な流れだったと思います。将来的に家庭を持つことになってもうまく両立していきたいですし、マネージャーなどの責任ある立場でも働いてみたいと思います。

株式会社アミング 勤務 (販売)

水出 奈美さん 2013年卒業

エリアマネージャーとして
7つの店舗を担当しています

群馬県内の雑貨店で販売スタッフとして働いています。この会社を選んだのは、暮らしに身近な雑貨店という環境で、多くの人と関わる接客の仕事をしたいと思ったから。3年目の現在は、責任者の1人として鍵の管理や朝礼の進行などを任されています。また、担当のアパレル売場ではエリアマネージャーとなり、北関東地区内にある7つの店舗を毎月巡回。売場の様子をチェックして本部に報告するなど、情報の橋渡し役を務めています。責任が重い仕事も多いですがやりがいも大きいですし、学生時代に学んだホスピタリティや経営・販売の知識も役に立っていると感じます。

社会と関わって成長しながら、
仕事を続けていきたい

これからもお店で仕事を続けるために、リピーターとなるお客さまの獲得に取り組んでいます。1人でも多くのお客さまに店舗やスタッフの「ファン」になってもらうため、来店した日時や購入品、似顔絵などをノートに細かく記入。1年間で100人のお客さまの情報を頭に入れました。「あなたに会いたくて来たのよ」とお客さまから言っていただいたときは、本当に感激しました。この先もう少し経験を積んで、いつかはお店をまとめる立場のチーフになりたいですね。そのためには社会と関わり続けて成長することが大切ですし、結婚や出産をしたとしても、両方をこなしていきたいと考えています。

医療法人相生会
わかば病院 勤務 (リハビリ助手)

澁澤 舞さん 2008年卒業

在学中に資格を取得して、
病院でキャリアを重ねました

看護師や医療事務スタッフとして働く2人の姉の影響もあって、在学中に医療事務管理士の資格を取得し、前橋市内の病院に事務職として就職しました。受付業務から始まり、3年目には健康診断の予約や紹介なども担当。その翌年には、病院全体で電子カルテを導入することになり、神経内科で医師の事務作業をサポートする仕事も加わりました。仕事を任されるうれしさを感じる一方、大量の業務に追われる日々が続いたことで、次第に余裕がなくなっていきました。「患者さんに寄り添った仕事がしたい」という自分の理想を改めて見つめ直した結果、働く環境を変えることを決意しました。

前職の経験が、新しい職場で
活かされています

転職活動の際、医療機関の事務職の求人が少なく悩んでいたとき、ハローワークの担当者に「医療の仕事はほかにもある」と教えられました。自分の資格に固執していた私は目が覚める思いでした。現在、総合病院のリハビリ助手としてトレーニングの補助などを行っています。患者さんに自分のことを覚えていただいたときや、多忙なスタッフをうまく手伝えたときはうれしさを感じます。会議の記録係も務めていますが、前職の経験から医師の専門的な話も深く理解できるため、キャリアを積み重ねる利点を実感しています。今後は、この職場での仕事を続けながら、介護系の資格取得などにも挑戦したいと思います。

株式会社東和銀行 勤務 (投信専担)

今井 美沙子さん 2003年卒業

銀行員として家庭と仕事を両立、
充実した日々を送っています

埼玉県にある銀行の支店で、個人や法人のお客さまを対象とした投資信託の販売を担当しています。お客さまへのアドバイスも行うので専門的な知識は不可欠。毎朝、新聞やインターネットで最新のマーケット情報を確認することが日課になっています。また、生命保険や国債など他のさまざまな金融商品も扱います。勉強することが多く決して簡単な仕事ではありませんが、楽しみながら取り組むことができています。自宅には夫のほかに10歳と4歳の子どもがいて、仕事が終われば母親の顔に。育児との両立は大変ですが、両親など周囲のサポートにも助けられ、これまで仕事を続けられたのだと思います。

大好きな仕事と出会えたから
ずっと働き続けることができました

昔からそろばんを習っていて算数や数学が大好きでした。高校では珠算部に所属し大会にも出場。卒業後は、ビジネスについて学びたくて高崎商科大学短期大学に進みました。お金の貸し借りの仕組みを勉強した「金融論」は、とくに面白かったですね。就職してすぐ、上司に「簡単に仕事をやめずに、継続することが大切」と助言されました。その後、2回の産休と4回の支店異動を経験し、今年で13年目。振り返って感じるのは、私はこの仕事が大好きだから続けられているということ。近いうちにファイナンシャルプランナーの取得を目指し、業務の幅をさらに広げたいと考えています。

高崎市養護教諭

小菅 陽子さん 1990年卒業

地域の役に立つ仕事がしたい
という思いが私の原点です

地域の役に立つ仕事がしたいと、ずっと思っていたため、高校卒業後は地域行政が学べて、自宅からも通える高崎商科短大を選びました。当時、実務実習の授業があり、市役所での仕事を体験する機会がありました。2週間の実習でしたが、仕事をすることがどういうことなのかを知り、また、こうした仕事が自分に向いていることに、あらためて気づくことができました。短大卒業後は、群馬県警察に就職が決まりましたが、2年ほどで結婚し退職しました。それから二人の子どもを育て、下の子どもが小学校に入学したことを区切りとして、私は次の一歩を踏み出すことを決めました。

短大の資格を活かし大学に編入、
37歳で養護教諭に

「地域の役に立つ仕事に、もう一度、戻りたい」。いつもその気持ちがあり、短大の資格が活かせる大学を探して3年次に編入し、養護教諭の資格を取得しました。子どもが通っていた小学校の保健室の先生と、いろいろお話できたことがきっかけです。結婚退職から12年後、保健室の先生として私の第二のキャリア人生が始まりました。振り返ってみると、短大で学んだことや、その資格が大学編入に活かされたこと、保健室の先生として自分の子育て経験が活かされることなど、高崎商科短大から始まったキャリアがつながり、現在の自分の支えになっているとつくづく感じます。

沼田市スクールカウンセラー

都丸 智恵子さん 1972年卒業
(佐藤学園高等学校 卒業)

バレーボールとともに
過ごした、高校3年間

私が入学したのは佐藤学園高等学校で、高崎商科大学附属高等学校の前身です。当時からバレーボールが強く、私も中学生からやってきたバレーボールを続けたいと思い、この学校を受験しました。当時は、商業科、家庭科、普通科の3つに分かれていましたが、私は進学し教師になることを目標としていましたので、普通科を選びました。高校の3年間はバレーボール一色で、ほんとうに厳しかったのですが、それを仲間と乗り越えてきたことで自分も成長できたと思っています。また寮生活を通じて、とても家庭的な雰囲気のなかで先生方とも親しくなれたことも、いい思い出として残っています。

自立心とチームプレーの精神が
私の長いキャリアの支えです。

大学は東京女子体育大学に進学し、バレーボールを続けながら教員になるための準備をしました。卒業後、24歳で採用試験に合格。小学校教員としてキャリアをスタートし、結婚、出産などを経て31歳のときに小学校教員に復帰。その後、40歳を過ぎて中学校の情緒学級を担任し、たくさんの子どもたちと出会ったことがスクールカウンセラーの道へ進むきっかけになりました。現在は沼田市内で担当する学校を定期的に回っています。私は、一人の人間として自立していることと、バレーボールで培ったチームプレーの精神、教職経験で得た人とのつながりをとても大切にしてきました。これは時代が変わり環境が変わっても、その人の力になるものだと信じています。